太平が、いつもの道具袋をごそごそやって、鍋と反故紙(ほごし)で包んだ炭を取り出した。炭は高価だから、自分の勝手で人の家のは使えない。それで家から持って来た。鍋は火の通りの速い唐金だから、炭を無駄にせずにすむ。

七輪に火を起こして鍋をかける。そこに、これも持参の生姜を、マカリで薄く削って入れていく。湯が沸くにつれて、湯が薄っすらと飴色になっていく。

「良い匂いなこと」

何時の間にか、百合が鍋をのぞき込んでいた。

「ごめんなさい、お邪魔ですか?」

「とんでもありません。大歓迎です」

さっきは起きるのも大儀そうだった百合に、ここまでくる元気が出たのは嬉しい事だ。

それに、話し相手は近い方が良い。

「太平さんはお料理がお好きなのですね」

百合には、料理をする武士というのがぴんとこない。もちろん、台所方や勝手方の武士がいる事は知っている。だけどその人たちが、今の太平のように楽しそうに料理をしているとはとても思えない。

「はい、釣りと同じくらい大好きです。でもですね、ゴンさんに言わせるとですね。あ、ゴンさんはですね」

「松風の脇板のゴンさんですね。五月から聞いてます」

それなら話が早い。皆がちゃんと知っていてくれれば、太平だって回り道をせずにすむのだ。

「ええ、私は食べるのが一番好きで、そのために釣りと料理をしている。そう言うんですよ。でも誰だってそうじゃないですか。釣りをしない人だって、おいしいものを食べたいから自分で作る、あっ」

例外を思い出してしまった。おばば様と楓だ。

二人は食べるだけで決して作らない。それでいて文句はつけるから、天賀家の女中は長続きしない。女中のいない間は太平がほとんどを作り、時々に徳造が、ごくまれに釣雲が作る。

「作らないのはまったくかまわないんです。ええ、人には得手不得手(えてふえて)があるんですから。

本当に困るのはお凜(りん)様なんです」

「おりん様?」

「あ、お凜様というのはですね」 話が長くなりそうだ。

 

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