【前回の記事を読む】網元の助言に揺れる太平の心、鯛を追うかスズキを狙うか船上で交わる思惑

第一章 鯛のしゃくり釣り

花房藩となった時に、水軍はすべてその一帯に集められた。かつてはそこに、花房の御いおり三家と呼ばれた安楽も祝(いおり)も天賀も、船大将としての屋敷を構え、そこに郎党たちと住んでいた。

やじろが来た日は、天気晴朗なれど波の高い日で、やじろの腕をもってしても、小舟の荷はしっかりと波を被ってしまった。

「寝小便(ねしょんべん)たれのいる家って、こんなんなのかなぁ」

うららかな陽差しの中で、庭に干された布団やら着物やらを眺めながら、お政がほわりと呟いた。

それ以来、やじろと一緒の時だけは徳造も家に上がらせてもらえるし、飯と酒も出してもらえるようになった。しかも、やじろの部屋に(元は徳造の部屋なのだが)一緒に泊まらせてもらえるようにもなった。まったく、やじろ様々だ。

「なあ、おやじ。島を回り込んだ時に舟持って行かれそうになったんや。何や、あの汐?」

「あん時か。何かぎこぎこしてる思ったわ。わしも引っ張られた事ある。やっぱり今くらいの頃やったな。お政。さん」

お政が返事もせずに立ち上がって隣りの仏間に入って行く。六畳の仏間の壁の一面には棚が作られていて、おびただしい数の帳面が積み重なっている。徳造と先祖たちが、海に出るたびに記してきた帳面だ。