涼子は夫の様子がおかしいことに疑問を持った。今日は特に顕著だった。タバコを忘れて家を出たことも、それを指摘しない自分に何も言わないことも。

夫は珍しく定時で帰ったと思ったら、何をするでもなくリビングのソファに深く腰掛け続けている。どうせ何もしないのならお風呂掃除や夕飯の支度を手伝ってくれてもバチは当たらないのに、なんて考えたがたまにはゆっくりさせようと慮った。風呂は部屋で隠れてゲームでもしている涼介に掃除させればいい。

「あなた」

返事がないため涼子は気を取り直して気持ち大きな声を出した。すると康介の体が面白いようにビクッと震える。涼子は内心で動画でも撮っておけばと口惜しく思った。

「あぁお前か。どうした?」

「どうした、じゃないわよ。さっきからずうっとうわの空でボケっとしちゃって。せめて着替えたら? 何があったのか知らないけど、たまには一番風呂にでも入ってゆっくりしたらどう?」

「いや、俺はあとから入るからいい。こんなおっさんが浸かったあとの風呂なんてお前も涼介も嫌だろう」

「私たちはそんな年ごろの娘みたいなことは言いません。ほら、早くスーツ脱いじゃって。私はちょっと出掛けてくるから」

「出掛けるって今からか? どこに」

「コンビニ」

「何を買うんだ」

「タバコよタバコ。あなた、今日忘れていったでしょ。忘れないうちに買い置きしておこうと思って」

「わざわざ今買いに行かなくても……。それにタバコならもうあるぞ。会社に買い置きがあったから」

「いいの。なんだかんだ言って私も欲しいものがあるから。コンビニスイーツとか、たまには肉まんもいいわね。あなたも何か欲しいのある?」

「いや、俺は別に……」

「そ。それじゃあ適当に見繕って買ってくるわね。その間に今朝言ってた話したいことがなんなのかちゃんと頭の中で整理しておくこと。いい?」

「お、おぅ……」

コンビニへは歩いて五分程度のため大した身支度は必要ない。涼子は上着の袖に腕を通しながら涼介の部屋へ行った。