「あんた、仕事人間だと思ってたから意外だわ」

「どういう偏見……」

「いや、オフィスで席近いだろ。あんたがよく残業してるの見てるから」

「えっ、席が近いって知ってたの? 私なんて今日知ったよ、近くにいるの」

「まぁ、同期飲みのときも俺の名前知らなかったしな。そんなもんだろ」

「それは、ごめん」

「別に。気にしてない」

(そんなもん……? いや、この人は他人に興味がないだけか)

「家が近いのも知ってた?」

「いや、知らなかった。うちの家、壁も厚いし音も全然聞こえてこないから。ただ、あんた引っ越してきたときにドアノブに引越し挨拶のギフトかなんか引っ掛けておいただろ」

「あっ、そうだね! 確か隣人さんはどっちも留守だったんだよね。だから挨拶できなくて、ギフトだけ掛けておいたの覚えてるわ……」

「だから女の人なんだろうな、くらいには思ってたけど」

「そうなんだ……」

2年くらい前、あまりにも残業が多く帰りが遅くなる日が続き、会社の近くに住もうと決めた。引っ越しの際、引っ越しを手伝った両親のすすめで一応両隣の人には挨拶をしたのだ。

「隣、嫌?」

「え?」

「俺が隣に住んでるの、嫌かって聞いてんの」

「んー、嫌ってほどでもないんだけど……なんか、ちょっと気使うよね?」

「俺は別に使わないけど」

「なんか会社モードじゃないときに会社の人に会うの、嫌じゃない?」

「別に。嫌なら引っ越すけど」

「いや、そっちが先に住んでたんだから、嫌なら私が引っ越すよ」

「ふーん」

今の所、隣に秋斗が住んでいることを意識するような瞬間は、ほとんどない。ただ、家を出たときと帰るときに少し気を使うだけだ。

(これも、慣れたら気にならないもんなのかな? 考えようによっては、近くに知り合いがいるっていうのは、メリット……?)

近くにいてメリットを感じられるのは、たとえば急病の時助けてもらえるとか、鍵や財布をなくしたときに助けてくれるとか、そういう間柄になってからだ。近くにいることがメリットに転じるほど、秋斗との仲が深まるとも思えない。

「そんなに大事? それ」

大事そうに抱えているのが気になったのか、秋斗が視線でフォトブックを指し示す。

「そりゃもう、大事だよ。ひったくりにカバン盗まれたとしてもこれだけは死守する!」

「なんでそういうアイドル好きになったの?」

「うーん、可愛いし、なんか昔から憧れだったのかな。憧れってこんな私がいうのもおこがましいけど……キラキラしてて、可愛くて、頑張ってて……踊って歌ってってしてる女の子ってすごく輝いて見えるんだよね」

「ふーん。歌って踊ってる人が好きってこと?」

次回更新は11月20日(木)、11時の予定です。

 

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