それが本当なら、秘密裏に進める必要はない。むしろ逆だと俺は考えた。

戦場で敵への恐怖を抑制し、兵士が躊躇なく任務を遂行できるようにする、つまり洗脳だ。

兵士は倫理的な葛藤から解放され、より効率的な『戦闘マシーン』へと変貌させられる。さらに、国家への忠誠心や仲間への共感を極限まで高めれば、より都合のいい存在になるだろう。

日本は憲法第九条で『戦争の放棄』を謳っている。だが、世界では武力衝突が繰り返されている。もし日本がその渦に巻き込まれれば、『戦争の放棄』などと言っていられないだろう。

『専守防衛』という大義のもと、シンクロによる国民洗脳で世論が「戦争やむなし」に傾けば、第三次世界大戦の引き金になりかねない。

備忘録を読み終えた俺は、少し後悔した。

『不妊に苦しむシミュレーション』が単なる研究ではなく、最悪の未来への布石として利用されるのではないかという恐怖に襲われた。

とはいえ、平和利用の可能性もある。熟練の外科医や職人の記憶を追体験することで、短期間で高度なスキルを習得できるかもしれない。ネイティブの言語感覚を移植すれば、より自然な形で外国語を学べる可能性もある。

だが歴史は、平和のための技術が兵器に転用されてきた事例を示している。

最たる例は原爆だ。本来は発電や医療に役立つはずの核エネルギーが、一部の死の商人によって兵器へ作り変えられた。この研究がそんな道を辿らないことを祈るばかりだ。

それでも、今回の治験から学んだことは多い。

シミュレーションの中で味わった孤独と後悔は鮮烈で、俺の行動を大きく変えた。

お酒をやめ、食生活を見直した。ファストフードや甘い飲料を極力避け、オーガニック中心に。

妻はときに呆れた顔をしたが、虚構の中で体調不良に苦しんだ記憶が消えず、譲れなかった。

オートバイも降りた。あの事故の瞬間が何度も脳裏に蘇り、ハンドルを握ることさえ恐怖になったからだ。

次回更新は11月10日(月)、21時の予定です。

 

 

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