一昨年の秋の事である……。

東京への仕事のついでに、川口に住む新堀さんを母と共に訪ねた。

「そういえば、正はどうしてますか……」と、何げなく尋ねると、「それがねぇ、大変な大怪我しちゃって……」と、大粒の涙をこぼした。

入院している病院の場所を聞くと、ちょうど帰途の途中なので見舞いに寄る事にした。

目を丸くする正に、「俺が誰だか分かるか……」と聞くと、「分かんねぇ……」と正。それじゃ、こっちのおばさん分かるか……」と、母を前によこすと、「あれ……、残間んとこのおばさんか……」と、すぐに察したようだ。歳をとり頭はすっかり白くなってしまったが、母は昔の面影を充分に残している。

「おばさん、おっかなかったもんな……。忘れっこねぇよ」と、正は頭をかき、「あたりまえだ、うちの子も人の子もないんだから、叱る時は叱るんだよ」と、母は剛毅に笑った。

「なんだお前、まだ結婚してねぇのか。俺なんか孫もいるんだぜ」と、しばし雑談の後、やはり話は昔のことになった。

「もう苛めなんて飽きたからやんねぇ、って言った時のお前、ちょっと格好よかったぞ」と、私が言うと、「あの日の放課後な、海原と校舎の裏で大喧嘩よ……。ボコボコに殴り合って、それっきり絶交して口もきいてねぇよ……」

全く知らなかった。それを言わずに私と付き合っていたのも、奴の男気というものなのだろうけれど、「俺のために、あんなに仲よかった海原と不仲にさせちゃって、すまなかったな……」と、私は詫びた。

「かまわねぇよ、その代わり、お前という親友が出来たんだからよー」

何十年も無沙汰をした旧友からこんな言葉を言われるとは……、腹がくすぐったい気持ちになった。

正は今、太陽光パネルの製造メーカーに勤めているが、このたびの怪我で左膝を複雑骨折してしまい、現場も営業も出来なくなってしまった。

それで、管理職として、各営業所を忙しく行き来する毎日なのだそうだ。