第一章 青天霹靂 あと377日
二〇一五年
十二月十三日(日)
母は今日で数えの八十歳“傘寿(さんじゅ)”を迎えた。けれど、あたかも最後の誕生日であるかのように特別な事はしない方が良いと思った。まして、これまでに一度だって、母の誕生日を祝ってあげた事などないのだから。
それで、映画「愛染かつら」のDVDにプリンとカットフルーツを買ってきて、ただ、それだけの、最後になるかもしれないバースデイを二人で静かに過ごした。
それより、今の母の一大事は明日の事だ……。
明日は母にとり四十年来の親友、新堀さんが見舞いに来 てくれる。安曇野へ越してきてからも何度か行き来してはいたものの、入院して気弱になってからの見舞いはとりわけ嬉しいらしく、先刻から母は異常に興奮して落ち着かな い。
その出会いは、四十年以上前、新堀さんの息子、正と私が同級生になった事に始まる。
小学五年の二学期、私は三度目の転校で富山から埼玉へやって来た。私は生来、苛(いじ)められっ子の性質であるが、転校してすぐのころは物珍しさもあり、しばらくの猶予を与えられる。
その猶予期間を短縮させたのは私自身であった。
何処の学校、どのクラスにも苛められ役という奴は必ずいる。
このクラスでのそれは高村という小柄な奴で、それを五〜六人でやっていた。
昔から要らぬ正義感をふるう性分である私は、それを見て見ぬふりができない。
「お前ら、苛めなんて幼稚な奴のやる事だぜ……」
その翌日から苛められっ子の役が私に回ってきたのは言うまでもなく、あろうことか、高村までもが苛めっ子たちの仲間に転じていた。