第1章 医師法第21条を考える
(1)東京都立広尾病院事件の事実経過と東京地裁判決
④ 東京都立広尾病院としては、警察に届け出ることに決定したので、院長(被告人)はそのことを監督官庁である東京都衛生局病院事業部(以下「病院事業部」という)に連絡するよう指示、L医事課長が12日午前9時頃、病院事業部に電話した。
病院事業部で電話を受けたS主事、A副参事、T病院事業部長は協議し、病院事業部の「医療事故・医事紛争予防マニュアル」を調べると、
「過失が極めて明白な場合は、最終的な判断は別として、事故の事実が業務上過失致死罪に該当することになります。従って、事故の当時者である病院が病理解剖を行うと証拠隠滅と解されるおそれがあるので、病理解剖は行いません。解剖が必要と思われる場合、病院は警察に連絡しますが、司法解剖を行うか否かは警察が判断します」
との部分を読み、過失が明白な場合については警察に届けなければいけないと理解した。
その後、病院事業部から、A副参事が午前9時半頃N庶務課長に電話。「これまで都立病院から警察に事故の届け出を出したことがないし、詳しい事情もわからないから、今から職員を病院に行かせる」と連絡。
同日9時40分頃、再開された対策会議で、病院事業部のA副参事の電話の内容が伝えられたため、病院事業部から職員が来るのを待つことにし、それまで警察への届け出は保留とすることに決定した。病院事業部のA副参事が東京都立広尾病院に到着したのは、午前11時過ぎであった。(この時点で、死亡時刻の2月11日午前10時44分から24時間となる2月12日午前10時44分が経過してしまった。)
⑤ D子の病理解剖は、2月12日午前9時半頃から東京都立広尾病院のW子医師が中心となって行われることとなった。W子医師は、大学の病理の助教授であるY医師の応援を受けることにした。この時、遺体の外表所見で右腕の静脈に沿って赤い色素沈着があるのを発見、C医師にポラロイドカメラで写真を撮ってもらった。この時、皮膚斑を見たC医師は少し驚いた感じで、わあ、すごいなと思った様子であり、皮膚斑に、それまであまり確実な自覚を持っていたようには見えなかった。
Y医師は遺体の右腕の状況を見 て、警察に検案してもらいましょうと提案、監察医務院に連絡を取った方がいい旨言ったが、電話が直接外線につながらないため、X技師長が内線で、対策会議中の院長室に電話をかけ、電話に出たL医事課長に、病理解剖の医師が警察に届け出た方がいいと言っている旨伝えた。