その翌日、裕子は渋沢製薬に辞表を出した。
そして、堅実な仕事振りを評価され、数年で東勇会総合病院の副薬剤部長に抜擢されていた。
哲也は渋沢製薬に入社以来、中央研究所で、新薬開発一筋にやってきた。そして今回、哲也がプロジェクトリーダーに抜擢され、力を入れてきた新薬は、最終段階のフェーズIV試験で躓き、開発が中断されようとしていた。
長い年月と多額の開発費をかけ、発売されれば年間最低でも数百億の売上げが見込まれる肝臓用剤。製品名を「レバガード」という。
一九九二年からウイルス性慢性肝炎の治療に認可された抗ウイルス薬インターフェロンは、慢性肝炎の治癒率を飛躍的に高めた。
インターフェロンとは日本の研究者によって発見された蛋白質の一種で、抗ウイルス作用、免疫調節作用などの生理活性を持つが、悪寒、発熱、全身倦怠感、うつ病などの強い副作用を伴うことも開発段階からわかっていた。
この欠点を補い、なおかつ相乗効果を期待できる内服薬として開発を進めてきたのがレバガードである。安全性の高い画期的な治療薬として、レバガードは開発段階から医学会、医薬品業界でも話題を呼んでいた。
ところが開発の最終段階で、慢性肝炎の治療薬でありながら、確率は非常に低いが肝機能が逆に悪化する副作用が発現することがわかった。
「開発は続行すべきです」
食い下がる哲也に所長の奥貫は目線を合わそうとしなかった。
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