裕子はいつも背筋をまっすぐに伸ばし、前を向いて仕事に取り組んでいるように見え眩しかった。自分はそんな裕子の姿を同僚として信頼していただけではなく、いつも愛しくてたまらないと思っていたのではなかったか。そして、裕子もずっと哲也を見ていてくれた。一身上のことまで相談を持ちかけてきてくれた。
それなのに自分は仕事仲間であるということを理由にして、そうした本当の気持ちを表すことに怯える臆病者だったのではないか。裕子は今哲也の目の前で進むべき道に迷っている。選択することの不安と寂しさを哲也だけにぶつけている。
(彼女のことだから、俺が何を言おうときっちり答えは出すだろう。けれどそんなことじゃないんだよな。そんなことじゃないんだ)
「そうじゃないんだ……」
今まで、女性に縁がなかったわけではない。人並みに恋をしたこともある。それでもこうした局面で、気持ちをはっきりと伝えられず、おろおろとうろたえている情けない自分に哲也は苛立ちを覚えた。
ふと視線をラウンジの窓のほうへそらすと、故郷高知の夜空とは対照的な、ダイヤモンドを散りばめたような一面の夜景が広がっていた。
「大切だからだよ。だから河本の選択を尊重したい。たとえ会社を離れることを選択しても、俺はずっと変わらない。これからも今まで以上に何でも相談してくれて構わない。そうじゃなきゃ困る。俺、河本のことを好きだから」
そう言って、思わず哲也は裕子の手を握っていた。
「本当に……」
泣かされた人のように潤んだ瞳を哲也に向け、握り返してきた裕子の手は小さく震えていた。