また、上代人の信仰世界に元来、「高天原」なる概念は存在せず、それは、当時の権力者たち、例えば、藤原不比等らが政治目的のために創出したという言説もある。それらは一つの推論(近代的発想)ではある。当代の為政者が、大陸の王朝国家(中国)を手本として、律令国家体制確立を意図していたこと、そして、それが記紀神話へ影響していることについては否定しない。

しかし、多くの辞書類でも示されている通り、高天原の第一義的意味は、天であり、天上の神々の至高なる世界である。その点は、本居宣長や平田篤胤らの説の通りでもある。

『古事記』本文の冒頭、

天地初發之時。於高天原成神名。天之御中主神【訓高下天云阿麻下效此】次高御産巣日神。次神産巣日神。此三柱神者。並獨神成坐而。隱身也。次國稚如浮脂而。久羅下那州多陀用幣琉之時【琉字以上十字以音】如葦牙因萌騰之物而。成神名。宇摩志阿斯訶備比古遲神【此神名以音】次天之常立神【訓常云登許訓立云多知】此二柱神亦獨神成坐而。隱身也注3

「天地初發(あめつちはじめ)の時(とき)、高天原(たかあまはら)に成(な)れる神(かみ)の名(な)は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)。次(つぎ)に高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、次(つぎ)に神産巣日神(かむむすひのかみ)。この三柱(みはしら)の神(かみ)はみな、獨神(ひとりがみ)と成(な)りまして、身(み)を隠(かく)したまひき。

次(つぎ)に國稚(くにわか)く浮(う)きし脂(あぶら)の如(ごと)くして、 海月(くらげ)なす漂(ただよ)へる時(とき) 、葦牙(あしかび)の如(ごと)く萌(も)え騰(あが)る物によりて成(な)れる神(かみ)の名(な)は、宇摩志阿斯訶備比古遲神(うましあしかびひこぢのかみ)、次に天之常立神(あめのとこたちのかみ)。この二柱(ふたはしら)の神(かみ)もまた、獨神(ひとりがみ)と成(な)りまして、身(み)を隠(かく)したまひき。」(書き下し文:筆者)

また、『旧約聖書』創世記第一章、

「初めに、神は天と地を創造された。地は形なく、むなしく、闇が淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は〈光あれ〉と言われた。すると、光があった。神はその光を見て、良しとされた。神は、その光と闇とを分けられた。」(日本聖書協会1973)

この『旧約聖書』成立に影響を与えたのが、ペルシャで発生し、現存する世界最古の宗教とされるゾロアスター教(拝火教)である。聖典『アヴェスター』では、宇宙の歴史は一万二千年とされ、そのうち天地創造は、最初の六千年間だとされる。

始めは、宇宙には何も無く、空虚だけがあったが、善と悪、光と闇だけが存在した。善の神で全知のアフラ・マズダは無限の光に包まれたはるかな高みに、悪の神アンラ・マンユは暗黒の深淵に、それぞれあった。宇宙にはまだ何も存在しなかったので、善の神アフラ・マズダは、天地の霊的世界を作り上げたとされている。

ゾロアスター教の開祖ザラスシュトラ(紀元前7世紀-没年不明)は、古代アーリア人の神官であったとされる。そのため、ゾロアスター教は、長くアーリア人の諸宗教の一派とする説注4もあり、であれば『リグ・ヴェーダ』についても触れる必要があるが、その点は機会を改めたい。


注1 ①「『古事記』では髙天の原が重要な意味を持つ」『古事記の宇宙』千田稔 中公新書 2013 p31

②『古事記ワンダーランド』鎌田東二 角川選書 2012 p82、p213 、p216~218 、p222~227

注2 日本思想大系〈1〉『古事記』青木和夫・石母田正・小林芳規・佐伯有清 1982  p316 

注3 同『古事記』p18

注4 『新ゾロアスター教史』青木健 刀水書房 2019 p44~54

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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