はじめに

「高天原」とは何か?

天上世界。日本神話における聖地。神々が生まれ、住まうところ。太陽神・天照大神が主宰する天上界。「葦原 (あしはら)の中つ国」(地上界)・「根の国」(地下界)に対する世界、等々。

 

国語辞典や百科事典等の記述は、ほぼ一致している。

問題は、その訓(よみ)(読み方)である。

 

高天原には、「たかあまはら」、「たかあまのはら」、「たかのあまはら」、「たかまなはら」、「たかまのはら」、「たかまがはら」などと多様な読み方が存在する。

 

国語辞典の記載は、ほぼ「たかまがはら」である。ゆえに、教育の場では、これが一番普及している。ただし、戦後の学校現場で、「高天原」が語られるのは、極めて鮮少ではあった。

 

いっぽうで、古語辞典の記載は、「たかまのはら」が最も多く、次に「たかまがはら」と「たかあまのはら」である。

 

それぞれ訓には、何らかの裏付けや歴史的な変遷が存在することが考えられる。

いったいどのような訓が、最も正当なる読み方であるのか。本書の第一の目的は、そこにある。

 

『古事記』本文の冒頭の一節を示す

天地初發之時、於髙天原成神名、天之御中主神。【訓高下天云阿麻下效此】次高御産巢日神注1)

 

天地のはじまりのとき、天上世界である高天原に成りませる神の名は、天之御中主神であり、次に高御産巢日神である(現代語訳は筆者)。

 

ここに、「高天原」の訓読に関し、編纂者(筆録者)太安万侶(おおのやすまろ)の明確な指示(訓注);訓高下天云阿麻下效此(高の下の天をよみてアマと云う、下は此れならへ)が存する。

 

本書は、この訓注に改めて注目するとともに、「高天原」の訓読の転訛(てんか)について明らかにし、「たかまがはら」なる訓の誤謬(ごびゅう)を示したものである。

 

そして、「高天原」の訓読の謎を解明しつつ、さらに、「高天原」とは何か、「高天原」がいかなる世界であるのか、を少しでも明解にしようとしたものである。これが本書の第二の目的である。

 

神話の中でも特別な意味を持つ「高天原」について、理解を深めることは、「日本神話とは何か」との問いに極めて重要な示唆を与えてくれることとなるであろう。