小学校の5年間と高等学校の1年間の合計6年間はやる気も起こらずに皆から遅れてしまった。少し言い訳がましくなったが、環境が整っていても私の能力では人生設計通り進むのは難しかったかも知れない。
もっとも、他方ではサラリーマン家庭と同じ環境が与えられれば、達成できたかも知れない自信もあるので、複雑な心境だ。しかし、自分の通った道で満足するしか方法はない。
柔道部の2年先輩が神戸大学理学部に進学した。そこで夢として、何とか神戸大学理学部に進みたいと思った。しかし、実力がなければ合格するはずがない。それでも現役では、幸いなことに関西大学の工学部化学科に入学できた。両親も子供が大学まで行くとは思っていなかったので、喜んでくれた。
しかし、せっかく入学した大学ではあるが、理学部に進みたかった。恐らく高校入学のトラウマ(父親との確執)が原因だろう。身体検査の時に医者から鬼みたいな体をしていると褒められ、医者と仲良くなり話し込んだのを覚えている。
また、仲が良い中学時代の友達もいたが、4カ月後に退学届けを出した。事務員から退学届けは休学届けと同じだし、復学もできると説明されたので休学届けに変更した。
両親には大学を退学してきた、9月から予備校に行き、来年再度受験をすると報告をしたら、〝何ということをするのか〟と叱られた。
せっかく大学に入れたのにと嘆いていた。しかし、退学届けを出してきたのには親もお手上げで認めざるを得ない。高校入試には父親に負けたが、今度は勝ったと思い、清々しい感じがした。部分的かも知れないが父に勝てる力を得たのも確かだ。
自分で人生を決めたことに誇りを感じた。大学の退学はせめてもの親への反抗だったような気がする。
9月から近くの予備校に通った。予習復習もしっかりしていたので、成績は良かった。先生からは京大を受験するのかと聞かれたこともある。しかし、総合力ではとてもそんなレベルではない。