【前回の記事を読む】身体の奥深いところで変化が訪れている事は自分でも気がついていた。それは青年が誰でも体感する思い通りにならない性的な欲望で…
3.誘惑の白い肌
その日の午後遅く、仙一は事務所で使いを頼まれた。
専務の藤田が、仙一を事務所へ呼び付け「木本、すまんがこれから酒を一本、隣町の木村さんの家へ届けてくれへんか」「はい、分かりました」「仕事ももう終わる時間やけどすまんな」と。
その時、藤田は含みのある薄笑いを口の端に浮かべていた。
仙一はそれには気がついたが、微妙な表情を年の取った上司を相手に、問い質す訳にもいかず、見ないふりをして、日本酒を手渡されるまま、それを持って自転車へと向かった。
自転車を使う程の距離でもなかったが、小豆色の唐草模様の風呂敷に包んだ、日本酒の一升瓶を前カゴに乗せ、指定された住所へと自転車を向けた。
先日、専務がお世話になったお礼と言う、藤田の説明をそのまま包み込んで。
仙一はまだ仕事中でもあり、薄灰色の綿の上下の作業服のまま目的の家へ向かった。届け先は会社から自転車で2、3分の距離にあった。
市電通りから1軒路地に入った、焼杉板塀に囲われ、濃い銀色の瓦屋根を配した垢抜けた比較的新しい家で、ガラスのはまっていない格子戸を開け、石畳を数歩入ると、今度は、摺りガラスで奥が見えない格子戸がその家の格式を窺わせた。
仙一は、格子戸を開けて「ごめんください」と、訪問を告げた。
奥から、あでやかで艶(つや)のある女性の声で「はーい」と返事があった。
仙一は、綺麗な人を思い描きながら、声の主が出てくるのを待った。
やがて、思っていた以上に色白の綺麗な女が、ガラス戸を開けて戸口に立った。