【前回記事を読む】私がやったら、この人は確実に命を落とす。胸骨圧迫なんて模型相手にしかしたことない!――動揺する新人看護師。一刻を争う事態に……!

第一章 患者急変

先生は、それまで力の限りを尽くして胸骨圧迫をしていた千登勢先輩をかばうように声をかけた。そして、その替わりしな……、これまで力を入れ続けていた彼女の拳に僅(わず)かに触れ、静かな動作で……その両手を包み込んだ。

んっ、〝千登勢〟……、呼び捨て⁉ しかもその一瞬の柔らかなタッチは……なんだ。

「リドカイン!」

一瞬の間もなく先生から薬剤の指示が入った。そうだ、VFは続いている。先ほど千登勢先輩から言われていたので、私はすぐにその薬の詰まったシリンジを用意することができた。

「はい、準備してあります!」

ちょっと要領が掴めてきた。細動に対する治療として、まずはリドカインの静注。しかし効かないこともある。その際には、アミオダロンの静注も選択されるが、通常は即効性がない。だから、そんなものの効果を期待しても仕方がない。

リドカインで効かなければ、躊躇(ちゅうちょ)せず除細動、いわゆる〝カウンターショック〟が必要だ。除細動が一分遅れるごとに一〇%の割合で生存率が低下する。

「小元先生、脈拍、触れにくくなっています。血圧七〇を切りました」

私は叫んだ。

「除細動器の準備は?」

「はい、いつでも使えます」

すでに病室のなかに運び込み、電源を入れ、スタンバイ状態にしてある。

「オーケー、一五〇ジュールで」

除細動器を実際に手にしているところを見るのもはじめてだ。でも、使い方ならわかる。実は先週、千登勢先輩から操作の仕方を教えてもらったばかりだった。

止まっている心臓に電気ショックをかけると、〝ドン〟ってなって再び動き出すというシーンをテレビで見たことがあるが、除細動とは本来そういうものではない。身体の外から十分な強さのショックを加えると、心臓の筋肉全体が脱分極して一瞬不応になる。

その後、もっとも速い内因性のペースメーカー組織、通常は〝洞房結節〟によって、心拍リズムの制御が再開される。つまりは〝細動を除く〟のであって、止まった心臓が電気ショックによってビックリして再開するというメカニズムではない。

つまりは、この除細動器の適応というのは、心臓が電気的な信号を送ることのできる状態で、なおかつポンプとしての機能が失われていない段階でなければ意味がない。

「ベッドから離れて、いったん酸素を止めて、ショックかけるよ!」

〝ピーピーピー、ガシャ〟