プロローグ

稜線(りょうせん)の向こうからは白い噴煙が立ち上(のぼ)っている。噴石は止んでいるようだが、熱気と蒸し暑さはまだまだ収まる気配はない。辺りは灰色で、ところどころの焼け焦げたような黒みがかった一面の景色は、よりいっそう拡大している。

新緑の季節がはじまろうとしているなかにおいて、ここは山中のはずだが……、なんと恐ろしい光景だろう。太陽の光だけはいつもと変わらないが、異様に眩しく感じる。

再び目線を落とせば、そこは高い高い峰を描いた山の中腹であることに、やはり間違いはない。この強烈なまでの違和感の正体は、噴火災害が発生したからに他ならない。

〝行本(ぎょうもと)総合病院・埼玉(さいたま)DMAT(ディーマット)〟とプリントされた、この防災用の厚いタクティカルジャケットを着るのは、あの日から数えて何回目だろうか。その度に、多少なりとも救えた命があっただろうか。いや、必ずあったと信じたい。

いまは考えている場合じゃないけれど、でも自分がここにいる原点というものを、どうしたって思い出さずにはいられない。

あの日あのとき、いくら緊急事態といえども、僕が彼女を連れ出さなければ、きっと自分はこんなところの最前線に出向くようなことはなかった。

いやでも、巡り巡ってなにかをきっかけとして、やはり駆り立てられていたのではないか。そんな運命も感じる。この先に待っているであろう、要救護者のためにも自分はやはり行かなければならない。

後ろを振り返れば、朝日に照らされたみんなの顔が見える。その一人一人が自分を心配しているのはよくわかる。

特に千登勢(ちとせ)。こんな罪人を許してくれただけでなく、ここまで一緒に行動を共にしてくれてありがとう。

都丸(とまる)先生に、それから葉子(ようこ)さんも。僕の思いに賛同してくれたその熱意に感謝している。

そして、智美(ともみ)……。まさか、まさか、自分がこんな女性とまた出会えるとは思ってもみなかった。みんなのためにも……、千夏(ちなつ)のためにも、僕は、僕は必ず戻る。