私にとってここの病院での初夜勤は、担当患者における本格的で真剣な心肺蘇生からはじまった。
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ここは、埼玉県北部、行本市にある行本総合病院の四階西病棟。
主に脳血管疾患と循環器疾患の収容される病棟である。この病院に勤める、私こと石原智美は、先月ここに赴任してきたのだが、その前は栃木県の大学病院に二年間勤務していた。大学では神経を扱う内科疾患が主な入院患者だったので、ここまでシビアな急変はなかった。どちらかというとゆっくり進行する病気が多かったので、もう少し……、いや、かなり穏やかな病棟だった。
今夜がはじめての夜勤デビューというところで、この急変に当たってしまった。幸いなことに田所さんは、すんでのところで生還した。良かった、本当に良かった。
千登勢先輩はやはりすごい。私の目指すところの憧れのナースだ。小元先生にしても、到着は少し遅れたものの、そのあとの手際の良さといったら半端ではなかった。ほとんど完璧だった。私は指示されたことしかできなかったけれど、この人たちとのタッグで急変に対応できた。
このことは大きな自信につながったし、もっと言うと、ものすごく感動的だった。もしかしたら自分は、とんでもない優秀な病院に来てしまったのかもしれない。急変そのものは不運なことだったが、ナースとしてのスキルアップにおいてはとても貴重な経験だった。
が……、これらの処置は、これってないほどうまくいったのだけれど、ちょっとというか、いやけっこう大きな、私にとっては重大な事件が発生した。
思い出すまでもない。緊急でバタバタしていたし、どうでもいいことって言われてしまうかもしれないが、あのとき小元先生は千登勢先輩のことを、「千登勢」と呼んだ。急いでいたから〝さん〟を省略したのか。
でも、普段は、苗字の「深美さん」と呼んでいるわけだから、省略するとしたら「深美」になるのではないか。それから彼は、彼女の行っていた胸骨圧迫を交替する際、その行為を労(いたわ)るような仕草で……、そっと手を包み込んだ。なんか二人にしか通じないような温かさのある優しい接触だった……かのように私には見えた。
あれはいったいなんだったのだろう。気にする筋合いのものではないのだけれど、でもさっきも思ったように、私にとっては放っておけないとても気になる出来事だった。
よくよく思い返してみると、彼女の彼に対する当たりは他のドクターたちと違うような気がする。すなわち、なんというのか……、深い感じの眼差し、と言うとかえってわかりにくいかもしれないが、秘めやかというか、忍びやかというか……。ちょっと訳ありという、そんな雰囲気だった。
小元先生は、医者になって確か七年目の三一歳だ。千登勢先輩も同じナースとして七年目の二八歳。もしかして、二人はつき合っているのか……。
確かに両人のプライベートはまったく正体が知れない。千登勢先輩は私に対して厳しいことも多々あるが、基本的には優しく丁寧に接してくれる。
人間としても、女性としても魅力的だ。さらに彼女の看護能力はとてつもなく高く、生意気なことを言うようだけれど、上司として絶対ついていきたくなるタイプだ。