「だって、櫻井さん本人が大会社の社長ってわけじゃないし。それに、家がお金持ちだからってさ、別に黄金のお風呂に入っていますとか、ロールスロイスに乗って通学していますとかじゃないんだし」
「ロールスロイスって……」
紗英は笑った。
「だから、普通にしていればいいわけ。意識しないのが一番よ。確かにわたしたち一般庶民とは違うのかもしれないけど、彼女も彼女でエスカレーター式に入れるお嬢様大学を蹴ってわざわざうちを受験したらしいから」
「へぇ、そうなの?」
「うん。らしいよ。紗英、知らなかったの?」
野々花は意識していないと言いながらも、真琴のことをよく知っている。
「高校までは、あの聖サエラらしいわよ」
「へぇ……聖サエラ……」
聖サエラ学院は小中高の一貫校で女子大もある。
なんでうちに来たんだろ?
「だから、彼女には彼女なりの考えがあったんでしょ?」
「彼女なりの考えねぇ……」
紗英は真琴の顔を思い浮かべる。
今日話し合った医学祭の出し物。その中で、意見を言ったのは、櫻井真琴ただ一人だった。
あとの後輩たちは、真琴の発言に飲まれて自分の意見を言うどころか、真琴の意見が最初からみんなの意見でしたとでも言いたげな顔をして、いつの間にか真琴の雰囲気に乗せられていた。周りを動かす力を真琴は持っている。
紗英は真琴のような人間に出会うと、一番に影響を受けた気になり、喜んで傘下に入るタイプだった。傘下に入っている間は、自分の意見を言う必要がない。発言も求められない。だから、安心して同じ意見です、という顔をして黙っていられる。黙ることが円満の秘訣だからだ。口は災いの元だ。自分の意見を言うなかれ。
どうしてそんなタイプの紗英が部長を引き受けたのか?