【前回の記事を読む】日本人の初老の女性が日本語で『コーヒー』って答えるとアメリカ人のCAはにっこり笑って『はいどうぞ』ってコーラを出した
グラデーション
「でも、日本人の肌の色はだいたい同じだよね。こないだサンタアナで聞いたんだけど、最近はエリス・モンクという人が作った10段階の色を使うみたい。MSTスケール(モンク・スキン・トーン・スケール)って言うんだけど、この数字を言えば、肌の色の感じが分かりやすいわけよ。日本人だと色白で2、浅黒い人で5くらいかな」
「へえ、そりゃ便利で役に立つかも」
「アメリカの教室には、1から10までほとんど全部の肌の色が溢れている。それに慣れていたから、あの日はびっくりして固まっていたわけ」
「なるほど。そうやったんか」
「そういういろんな人種や文化がごっちゃになってる国でね、日系人四世として暮らしていると、教室ではオリエンタルだし、日系人の集まりでは日本のことばや伝統もろくに知らない世代って思われたりするわけよ」
「それで、うちゃどっちってなるわけか」
初めて打ち明けた自分の悩みを、すんなりと理解したくれた典子に嬉しくなって、ナオミは話し続ける。
「そう、留学したいって思ったのはそれを確かめてみたい、自分のアイデンティティっていうか、根っこを探してみたいって気持ちがあったからなのね」
「で、見つかったと?」
「まだ、よく分からないな。自分の別の居場所があるかもと思って熊本に来たのに、こっちの教室じゃ、いつか言ったけど日本人の顔したアメリカ人って見られるでしょ。だからやっぱり、ここも自分が本来いる場所とは違うって感じがしちゃう」
「アメリカじゃアジア系、日本じゃアメリカ人ってわけか」
「そうなんだよねえ。アメリカでも日本でも私は周りのみんなと違うわけ。でもね、日本の伝統とか自然には親しみが湧いてきてる。自分の根っこが少し見えてきたような気もしてる」
話題を少し方向転換したナオミに、典子が聞く。
「伝統とか自然て例えばどぎゃん?」
「お盆の御霊祭りとか、どんどやがそうかな。近くの水神様の春と秋のお祭りでは子ども相撲があって、見てるととても楽しいし。それと阿蘇神社の御田(おんだ)祭では、女性の白い着物が緑一面の水田に映えて、ほんっと、綺麗だった」
「ああ、あれはきれかよね。神様に供え物や神楽ば奉納する、宇奈利(うなり)って呼ばるる女性たちね。
うちも一度、阿蘇山麓ン緑ン中ば、宇奈利装束で歩んでみよごたるなあ。それに、迎え火とか送り火ば焚いとると、ご先祖様とつながっとる感じがするし、昔ンこととかこれからンこととか考えて、気色(きしょく)が落ち着く感じがするね」
「そう、そう。あれ、ほんとに不思議な感覚だよね。とっても心が安らぐ」
「ナオミは国籍はアメリカかも知れんばってん、心もちは日本人やなあ」
「えー? そうかなあ。でも、ありがと。そう言われると何だか嬉しい」