【前回の記事を読む】アメリカ育ちの転校生があらためて驚いた日本の学校の常識。クラスメート全員の肌と髪の色が一様なのは経験済みだったが...。
グラデーション
二人の互いの国の文化や生活やことばについての関心は、話すほどにますます深まっていく。ある日典子が何気なく聞いた。
「ねえ、聞いたことがあるとばってん、国際便ン飛行機で日本人がコーヒーば頼むと、コーラが出てくるってほんとと?」
唐突な典子の質問に、ナオミはちょっと考えてから答えた。
「思い出した、それ本当だよ。アメリカの国内便で実際に見たことがある。日本人の初老の女性にアメリカ人のCAが『お飲み物は?』って聞いたのね。そしたらその女性は日本語で『コーヒー』って答えたの。CAはにっこり笑って『はいどうぞ』ってコーラを出したの」
「なしてそうなっと?」
「多分、日本語のコーヒーは、英語のカフィという音と全然違うから、伝わらなかったんだと思う。それでCAはコーの音で始まる飲み物は、と考えて英語のコウラやコウクに近いんでそっちを出したんだと思う」
「ふうん、なるほどね。英語ン発音ちゅうとは日本人にはやおいかんね。日本語は子音ンあとに母音が来るけん、うちらン英語もそぎゃん発音になって、大分違う音になるとじゃろな。ナオミはよかねぇ、バイリンガルやけん、どっちもネイティブ発音やけんね」
するとナオミは意外なことばを返した。
「でもね、私、学校で英語を話す時は、わざと日本語風に発音することがあるんだ」
「なして?」
「生の英語で発音すると、びっくりされたり、羨ましそうな目で見られたりするのがちょっと気になって。だってカラオケのことキャリオウキーって言ったり、ポケモンのことポウキモーンって言ったりしたら分かってもらえないでしょ。アメリカ人には、カラオケが空(から)のオーケストラの略だなんて想像もつかないよ。音が全然違うから」
「えっ、そぎゃん発音違うてしまうん。そっかー、人知れず苦労しとるったい。ばってんうちには遠慮せんでな。うちゃ、ナオミんごたる本当ン英語ン発音ば身につけよごたるて思うとるとやけん」
小気味良い典子の熊本弁のリズムに聞き惚れていたナオミが、うっとりしたように言う。
「すごーい! 典子は日本語の標準語と熊本弁のバイリンガルだよね。かっこいい。私もそれくらい熊本弁で話してみたいな。教えてね」
「よかよ、ばってん発音とか単語はそうでもなかばってん、熊本人の生粋ン抑揚は赤ん坊んン時からでなかとなかなか身につかんばい」
「え? よく分かんなーい!」
「いいよ、でも発音とか単語はそうでもないけど、熊本人の生粋の抑揚は赤ん坊の時からでないとなかなか身につかないよって言ったの」
「先は長いなあ」
「千里ン道も一歩からって言うじゃなか。がまだせば報わるるばい」
「ますます、分かんなーい」
「頑張れば報われるってこと」
そんなやりとりをして二人で笑い転げたことがあった。