「そんなに根詰めて勉強しなくていいのよ」
そして晃が熱心に絵を描いていることに気づくと、ため息まじりに、
「一度でいいから、それくらい根詰めて勉強してみて」と言って去っていくのだった。
夕べは塾の宿題をやっている途中で、ノートの端に思いついた絵を描き始めてしまった。わからない問題を考えているうちに鉛筆が勝手にクルクルと円を描き始めて、それがやがて卓上のライトになり、ただのライトから大きな生き物へと変化していく。気づいたらもう寝る時間だった。絵は完成。宿題は未完成。そう。わかっている。勉強をしたくないだけだと白状する。
ああ、どうして勉強しなくちゃいけないと思うと、こうも違うことがしたくなってしまうんだろう。これでまた明日も塾で叱られる。
塾に向かう電車の中。健斗と悟が参考書を見ている。そんな二人を見て、
「今日なんかあんの?」と晃。
「授業前に毎回十問テストをすることになったんだ。十問テストなのに範囲が広すぎる上に公開処刑されるんだよ」と悟。
そうか、悟も特進クラスだったっけ。
「まじ? きついな」
「きついよ」
苦笑する悟をよそに、健斗は黙って参考書を見ている。
「俺なんかいつもノー勉だけどな。できる奴は大変だな」
そう言うと、晃はつり革に両手でぶら下がりながら、つまらなさそうに外を見た。ぶらんっとつり革に揺れている晃を健斗が横目でちらりと見る。視線を感じて、健斗を見る晃と目が合う。
けれど健斗は悟のように何か言葉をかけたりしない。再び無表情で、参考書に視線を戻す。
「大変ですね」と、晃はちょっと投げやりな言い方をすると再び外を見た。
電車の音はいつもより大きく聞こえる。その音はなんだか三人でいることをしらけた気持ちにさせた。
塾の授業が終わった。晃は廊下に出て、特進クラスのドアを見る。
あちら側のクラスではどんなことがあるのだろう。実際、特進クラスは終わる時間もいつも遅くて、晃はいつも一人、廊下で健斗と悟を待っていた。中学に入ってから、健斗も悟も雰囲気が変わっていくのを晃は感じていた。一緒に帰ってはいるが、二人の話題が特進クラスの話だったり、テストの話だったり、晃はそこにいてもいなくても関係ない話題が多くなっていった。
塾では成績上位の生徒たちがひとつのグループになっていて、彼らは上位者のプライドを感じさせた。晃にしてみたらちょっと近寄りがたい感じだが、そこに健斗と洋子、そして悟がいる。常に上位にいる健斗と洋子、そしてそこに加わることができる悟に対して、常に下から数えた所にいる晃は、人としての順位をそこに見られているような気がしていた。入塾してからずっと、晃はコンプレックスを感じている。けれど、それを口に出すこと自体、自分のプライドが許さなかった。