【前回の記事を読む】「ああ、モルヒネの影響かもしれませんね」え?そんな話は聞いてない――どんどん痩せていく父。たまに妙なことも言うようになり…

第一章 全てを赦(ゆる)す色

崩壊

紫衣のスーツケースの中にメモ用紙が入れられていた。

紫衣へ

僕の名前は南部真亜です。君が許すことができないという人、きっとそれは僕の父親です。僕は君と君のお父さんになんて言って謝ればいいかわからない。僕の愛した人が僕の親のせいで深い悲しみの中にいる。なんて言って謝ればいいかわからない。でも、これだけはわかってほしい。許してもらえなくても僕は君を愛している。きっと一生。

——違うよ、真亜、最後まで聞いてほしかった。私はあの教会で全てを許そうと思ったのよ——泣きながらホテルの受付に行った。

受付にはホテルを経営している女主人らしき人が座っていた。

彼女は英語で「代金はもうもらっています 。フランクフルトまでのタクシー代金も預かっているから、あなたが帰るときにタクシーを呼びます」と言った。

泣いている紫衣に戸惑いながらも、泣かないで泣かないで、と優しく抱きしめた。

紫衣はフランクフルトまでのタクシーの中で、帰国したら南部先生のところに行き、真亜の住所や電話番号を聞こう、早く誤解を解かなくてはと考えていた。

真亜は医者の家に産まれた。

医者といっても病院勤めの医者だったからほとんど家におらず、一人っ子の真亜はいつも母、静子といた。

静子はなんでも手作りをする人で、その当時は珍しかったパンを焼いたりした。それを見るのが真亜は堪らなく好きだった。

将来は何になりたい?と聞かれると必ずコックさん、と答えていたが、それは難しいことだと子供ながらにわかっていた。

父親の秀光は家にいるといつも真亜に医者になりなさいと言っていた。

秀光の親族も医者が多く、それは当たり前のような道に感じられていたので、はい、と真亜は頷いていた。

静子は丁寧な言葉遣いをする人で、真亜も両親と話すときは敬語を使っていた。