【前回の記事を読む】躁鬱のような母の面倒を見る毎日。大変な日々の中でも身につけたある術とは…
第一章 全てを赦(ゆる)す色
崩壊
ノートルダム大聖堂はフランスに何ヶ所もあり、このランス・ノートルダム大聖堂にはフランス一の内部天井の高さを誇る身廊(しんろう)がある。
身廊とはロマネスク様式やゴシック様式のキリスト教建築の一部分の名称で、入口から主祭壇に向かう中央通路のうちの袖廊(そでろう)に至るまでの部分を指す。ロマネスク、ゴシック、古典建築のいずれでも、修道院、大聖堂、バシリカ、教会堂といったキリスト教建築では、いくつかの廊があるのだ。
誰もが目にする主祭壇の奥には紺碧に輝く青のステンドグラスがあった。
内部に灯されたろうそくのゆらゆらとした炎を通りすぎ、長い側廊を進むと、シャガールのステンドグラスが三つ現れた。
彼が創った世界、そこには真亜の感性に寄り添う普遍的な愛があり、それはいつの世でも寄り添ってくれるものだった。
もっとシャガールを感じたいと調べたら、ドイツにも一つだけシャガールのステンドグラスがあることがわかった。
それが紫衣と出会った聖シュテファン教会だったのだ。
床に蹲(うずくま)る紫衣を見て、真亜は驚いた。
大丈夫ですか?と聞いたら、大丈夫です、と返答があり、立ち上がった女性は切れ長の目をしたほっそりとした女性だった。
黒髪をショートカットにしており、紺のモンクレールのダウンを羽織り、ジーンズという出で立ちは飾り気がないようだったが、逆に透明感のある女性らしさを感じさせた。
思わず、日本人ですか?と聞いたら、はい、という答えが返ってきた。
この地で日本女性と話すのは久しぶりだったし、シャガールを見て満ち足りた心を誰かと共有したかった。
お茶に誘ったら紫衣も快く同意して付いてきてくれた。
——よかった、先にマインツ大聖堂に行き、その前にカフェがあったのを確認していて——
迷わずそのカフェに行き、真亜と紫衣は様々なことを話したのだった。
紫衣はバブルの時代なのに飾り気がなく、化粧も口紅をひくくらいだったので二十七才よりも若く見えた。
しかし、内側はとても自立していて日本にいるタイプの女子ではなかった。
聞けば、紫衣の父親の影響が大きいそうだ。
「私の祖先は村上水軍なの。私の先祖は海賊だったのよ」と面白そうに話す彼女を見て、本当にそうだったのではないかと真亜も頷いた。
世界中に大勢の人がいるのに、真亜は紫衣しか見えなかった。
絶対に次も会いたい、しかし紫衣は翌日ローテンブルクに行くと言う。