【前回の記事を読む】二人とは違って、自分には何もない。背も高くないし、運動や勉強も…。なんか、ただはしゃいでいるだけの子供っぽい存在な気がする

2 中学生

微妙なバランス

晃といえば、中学に入ってからみんなの期待に応えて運動部に入ったものの、思いがけず絵を描くことにはまっていた。本人的には元々絵を描くことは好きだったのだが、その性格からか、おとなしく絵を描くイメージは誰からもあまり持たれていなかった。

美術の授業は晃にとって癒やしの時間だった。美術顧問の竹内美南にデッサン指導を受けて以来、絵を描くことに今までとは違う興味が湧いていた。また美術室では、席が近くなる洋子が時折晃の作品に関心を持つ素振りがあるのも嬉しい。

美術部の洋子の描く絵も色使いや滑らかな線が優しくて、洋子らしい気がする。そんな洋子が晃の描く絵に興味を持つこと自体が、ちょっと鼻が高い。洋子が横からのぞき込んで感心したように「ふぅん」と唸る。

「晃いいなぁ」なんて悟が羨ましがる。健斗がつまんなそうにそっぽを向くのもちょっと嬉しい。晃はそんな時、ちょっと自尊心がくすぐられる。

ここ何週間かにわたってはポスターを描いている。消防に関するデザインで、晃はネット検索だけでなく、実際にわざわざ消防署に行って、消防車や消防隊員を見て、実物をスケッチしたりと熱心だった。

一度絵を描き始めると、宿題をする時間だって惜しいと思った。勉強なんかしないで、もっと色んな自分のやりたいことに時間が使えたらいいのになぁ、なんて消防署へ向かう自転車をこぎながら思ったりしていた。自分の好きなことができるってなんて楽しいんだろう。時間がいくらあっても足りない。早く自由になりたい。

学校や塾、親のために家に帰ってまで勉強に時間を拘束されることにうんざりだった。絵を描く時は、そんな窮屈な気分が白い画用紙に荷をほどくように広げられるような思いだった。繊細な線や筆遣いに集中すると、普段気になっている色んな悩みがペン先から抜けていくようだった。

軽い気持ちでも一度何か描き始めると止まらない。机に向かって集中して鉛筆を動かしていると光江が嬉しそうに様子を見に来る。