もうひとつ、その子の特技はピアノだった。音楽部に所属し、クラス対抗の合唱祭では当然ピアノを担当した。彼女の伴奏によってクラスが団結できた。個人的には“大瀧詠一”や“佐野元春”が好きだったようだし、もっと言うと“YMO”や“オフコース”、“ABBA”の良さにいち早く気付いて紹介してくれたのも彼女だった。
加えて、絵というか、イラストを描くことも上手だった。先の『すくらっぷ・ブック』の登場人物はもちろん、少女マンガであるところの、『エイリアン通り』(成田美名子、白泉社)、『ポーの一族』(萩尾望都、小学館)、『はいからさんが通る』(大和和紀、講談社)なんかを描いていた。
いまで言うところの、完全なる“インドア派芸術女子”だった。
僕が惹かれた理由は、シンプルな言い方になってしまうけれど、彼女の風情(ふぜい)というか、風貌というか、空気感であった。
世間の流行やトレンドに乗るよりも、自分の好みや価値を第一に考える独特の世界観やオーラがあった。夏休みにひとりで小諸に行ってきたとか、一晩中小説を読んでいたとか、“松本隆”に憧れて詩を書いてみたとか、「T彦だ」、「S子だ」と周りが騒いでいた時期に、そんなアイドルには目もくれず『ナイアガラ・トライアングル』のレコードを貸してくれたとか……。
要は、世の中を達観している大人に見えたのだ。個性的なキャラを有し、そういうミステリアスなムードを感じることで、僕はどんどん彼女にハマっていった。
もう一度言うが、目立たず地味だけれど、一定の分野における時代の趨勢(すうせい)をキャッチする能力にかけては、とても優れていた。持っていたポテンシャルから、将来もしかしたら大化けするのではないかという予感がした。
そして、それが現実となった。彼女の進学した高校は、僕の進んだ男子校の姉妹校であるところの女子校だった。同じ駅で乗り降りするものだから、少しずつ雰囲気の変わる彼女を見かけることがあった。音楽趣味が高じてバンド活動をはじめたことや、デザイナー志望で美大を目指しているということを知った。