【前回の記事を読む】ある日の学習塾で、初恋の彼女が僕の前の机に座ってきた。この偶然が、彼女との外出につながった
まえがき
そんな想いを抱きながら、中学の卒業とともにお互い別の高校に進学していった。寂しいという感情があったのかなかったのか、あまり覚えていないが、成長した暁(あかつき)には、「いつか彼女を振り向かせてやる」という気持ちがちょっとだけあったような……気もする。
僕は公立の男子校、彼女は私立の女子校へと進んだ。ともに電車通学だったから、地元の駅でごくごくたまに見かけることがあったが、それもただそれだけだった。実際には声をかけるきっかけさえ掴めなかった。
高校の3年間に女子においてはとくに成熟を深める子もいるが、もともと早熟気味だったためか、眺めている限りにおいては、彼女の容姿はほとんど変わらなかった。少し髪型が変化して、いくらか背が伸びた程度で、憂いを含んだようなアンニュイな雰囲気は変わらなかった。
スラッとした佇(たたず)まいで姿勢良く歩く彼女の後ろ姿を拠(よ)り所(どころ)に、僕は彼女の面影を心象(しんしょう)の底に沈めた。弓道もきっとどこかで続けていて欲しいと、イメージを固定させた。
高卒後は短大に進んだということを風の便りで知った。僕は予備校通いが決定した。一浪の末にやっと医学部に合格できたが、そのときから僕は実家を離れることになり、同時に彼女の足跡も消えた。
18歳の春だった。
こんな初恋を経験した僕だったが、思い起こせば、それ以降もたくさんの人と出会ってきた。そして、その先には別れがあった。離れることを自ら選んだ別れもあれば、望まない別れもあった。ときにセンチメンタルであったり、ときにすがすがしかったりした。
医学部を卒業し、医者になって、母校の大学病院において理不尽なほどハードな臨床と研究との日々を送ってきたが、ある事件をきっかけに志(こころざし)半ばでキャリアを捨てることになった。
私生活においても紆余曲折があり、離婚を一度経験している。子供はいない。それゆえに、いろいろと偏屈な部分が多く、人付き合いが苦手だ。でも、こんな僕だけれど、忘れられない人が少しだけいる。
その忘れられないほんの一握りの人の共通点を探ってみると、一時(いっとき)にせよ本心を語ってくれたということだ。上っ面だけの何百、何千という“友人”よりも、たった一人の“真人”にこそ価値があった(仲良くなったとは限らないけれど)。