女性人体表現の観点から見た『希望』
次に、この絵画を女性の人体表現として観察してみよう。ウォッツの絵筆から生まれた女性の人体表現は、二つのタイプに分かれる。その一つが、痩せた幼さの残る女性をモデルにした造形だ。『希望』の女性像は、この痩身タイプに属していると捉えてよいであろう。繊細な人肌を表現してはいるが、エロティシズムとはまったく無縁である。
しかも露出した肌も首筋から片頬に限られ、身体の大部分を単色の法衣のような布で覆っている。これはあまりにも禁欲的な造形といえるだろう。裸足の足裏や足首も色香にはほど遠く、むしろ童子のあどけなさを連想させる。
注1 月または地球を足下に立つ聖母像としては二例のみ例示しておく。一つは1680年頃作のマテウス・ヴァン・ベヴェレンの高さ58cmほどの小さな彫像(アムステルダム国立美術館蔵、図1右)であり、もう一例は、米国テキサス州ポートアーサーにあるクイーン・オヴ・ピース・シュラインに据えられた、巨大な地球儀の上に立つ高さ3mもある野外彫刻(図1中央)である。
ベヴェレンの聖母マリア像は宇宙全体の象徴である球体の上に立って、時間の象徴としての上弦の月と悪の象徴である蛇を踏みつけている、典型的なものである。マグダラのマリアの例としては、フランスのバイユー司教座教会身廊にある説教壇の天蓋に設置されている十字架を斜めに掲げて横座りする女性像を挙げておく(図1左)。
ウォッツの『希望』の女性像とこのバイユーの像との間には相当な親近性があるが、それが偶然なのかどうか、立ち入って検証するには稿を改める必要がある。

補注:1886年の作品Hopeと同様の球体に座る少年の姿(おそらくキューピッド)を描く筆者未見の作品Idle Child of Fancy(Watts Gallery蔵)があることは G. K. Chestertonの G. F. Watts (London: Duckworth & Co.; New York: E. P. Dutton & Co., 1904)に採用されていた口絵の一葉からわかっていたが、そのモノクロ写真がMasterpieces of G. F. Watts, Nineteenth-Century Art Books, No. 1(London & Glasgow: Gowans & Gray, 1911)の18頁に掲載されており、ウォッツ美術館に所蔵されていることも付記しておく。