「一と月振りか。お政元気やろか」

やじろの小船の上で徳造が呟いた。この一と月ほどは釣り御用が無くて、やじろもみおし丸に行ったきりだったから、お政に会えなかったのだ。

「四、五日(しごんち)前に魚届けた時は元気やったで」

「会うたんか! 何で声かけてくれんの」

徳造が恨めしそうにやじろを見る。徳造。十三年前に浮気がばれて家への出入りを禁じられた。

「もし、一歩でも入ったら賊として成敗します」

そう言って、お政が懐剣を握りしめた。

女房のお政は、おっとりした顔つき体つきだが、至って気は強くて力も強い。だからやじろを養子にする時も、玄関の土間に立って相談した。

「どうぞ、お家のためです。ただし、そのやじろべえとやらも家には上がらせません」 

そう言って、今度は懐剣を抜いた。

やじろには、「武士のまね事、親子のまね事をしてくれたらええ」そう言ったのだが。

「武士をやった事はないけど子ならある」

やじろはそう言って、自分の小舟に、布団と身の回りを積んでやってきた。

徳造の家は天賀家から深入川を少し下った対岸。船手組屋敷のある、船町と呼ばれる町の中の長屋の一軒だ。

 

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