「ようあんな格好で寝られる。本当に天下太平や」
三人を乗せた船が進む海は、午后の陽差を受けて眩しいほどの銀色に輝いていた。
「お出かけですか、太平さん」
台所を出たところで徳造と鉢合わせをした。太平の提げた手桶には、塩焼きにしたばかりの鯛とスズキが入っている。
「あ、これは五月、ええ、今月は五月ですから、来月は水無月となります。ええ、海を前にして水無月というのはですね」
「明日はどうします」
太平の訳の分からない話は聞き流す。徳造はそう決めている。
「あ、はい、明日ですね。明日はお昼前に舟を出そうと思ってます。ですから四ツすぎに来てください。あ、遅れたら遅れたでかまいません。ええ、海は逃げたりしませんから」
玄関に向かったところで、今度は楓(かえで)と鉢合わせをした。
「これは釣雲殿の着替えです!」
太平が何かを言う前に吃(き)っと睨まれた。見れば、胸に風呂敷包みを抱えている。
「釣雲殿は、放っておけば何日でも同じ物を着続けて臭くてなりません」
だから着替を持って行く。それのどこが悪い。と言わんばかりに太平を睨みつける。
太平に文句はない。釣雲の着物など気にした事もない。それを言えば自分の着物だってだ。思わず、袖口に鼻を当てて臭いを嗅いでみた。
「太平様! あなたのお着物は私が洗って枕元に置いております! よもや、今日までそれを知らなかったと!」
楓の目が吊り上がり、唇がわなわなと震えだしている。
「あ、はい。いつもありがとうございます!」
一目散に駆け出した。
太平の後ろ姿を一睨みして振り向くと、徳造とやじろが、やじろの船で出て行くところだった。楓に向けて頭を下げる二人に、楓も頭を下げる。その顔が、心なしか赤らんでいる。
今日は十日に一度、楓が着替えを持って釣雲の離れを訪れる日だ。おばば様もとっくに友達のところに出かけた。おばば様に友達がいる事も驚きだが、釣雲が離れに移って五年。まったく気づいていない太平も天晴(あっぱ)れだ。