【前回の記事を読む】【小窓尾根】入山初日。一気に1,400m付近まで上がることになり、雪壁を登っていると…突然身体が傾き「うわ、はまった!」
第二章 小窓尾根
川田は全身をじたばたともがき、何とか腕を突っ張って雪中にはまった胴体と足を引き抜いた。そして、数歩下がってから自分の胴体が突き抜いた穴を眺めた。穴の先には、大人が一人すっぽりとはまりそうな空洞が広がっていた。空洞の底には雪の下の土と草木が微かに見えていた。
「シュルントか?」
「シュルントですね。下まで空いています」
シュルント(ベルクシュルント)とは、クレバス様の雪の裂け目のことで、大きいものであれば落ちたら怪我や事故に繋がる。鬼島は「巻くぞ」と言って下方からそのシュルントを大きくよけ、川田を抜かして進んだ。
雪壁の左端に達しても、鬼島は休むでもなくそのまま小窓尾根の登りに突っ込んでいった。川田もまた、無言で続いた。雪壁の傾斜は強く、雪面が目の前に迫る勢いであった。やわらかい新雪はぐずぐずと崩れた。しっかりとピッケルのシャフトを雪面に差し込み、キックステップを雪壁に蹴り込んでいかないと登ることができない。
ピッケルのシャフトを雪壁に突き刺し、アイゼン(氷や雪の上を歩く際に靴底に取りつける滑り止めの金属製の爪)を雪壁に蹴り込む。また突き刺し、蹴り込む。そんな登攀を一時間も続けると、どっぷりと日は沈んだ。ザックからヘッドランプを取り出し、雪面を照らしながらさらに登ると、ようやく一,四〇〇メートルの肩状の台地にたどり着いた。
朝からの行軍で消耗し、川田はその場にへたり込みたい気分であったが、鬼島は「何とか着いたな」と言っただけで颯爽とザックに取りつけていたスコップを取り出し、テントを設営するために雪面を整地し始めた。仕方なく、川田も疲れ切った身体を奮い立たせ、ザックからスコップを取り外して整地に加わった。
雪面を平らに固め、その上にドーム型のテントを張った。テントの中に銀マットを敷き、さらに半身用のエアマットを膨らませて二人分を敷いた。テントの中に転がり込む前に、小型のタワシで体中についた雪を丹念に払い落とした。
ウェアに雪がついたままテントの中に入ると、炊事のためのコンロの火や人熱によってその雪は溶けて水となり、夜中に再び氷点以下に冷え込むと、今度はそれらがテントの内側に凍りついてテント全体を凍結させてしまう。身体についた雪までも、マメに気を使わないと厳冬季の山行では命取りになる。
テントに入り込むと、早速コッフェル(山岳用のなべ)一杯に雪を詰め、山岳用のホワイトガソリンコンロに火をつけ、コッフェルを載せた。
行動食のピーナッツを口に放り込みながら、フリーズドライの米と中華丼に、コッフェルで沸かした熱湯を注いだ。下界ではとても食べる気にならないフリーズドライの食事も、山での圧倒的な空腹には美味と感じる。