黒く見える水面のうねりが、音の感じられない真っ黒く見える川の流れが、橋の下のこの湿った空気が、なぜだかどうしようもなく寂しかった。

ペットボトルに残ったお茶を口にし、ゆっくりと橋脚にもたれかかると、ふっと意識が遠のいた。そしてそのまま両国橋のコンクリートの橋脚の中に、すうっと身体が沈み込むような感じがした。

大学院で博士号を取ってから入社した哲也と、新卒薬剤師の裕子は、中堅医薬品メーカー、渋沢製薬の同僚だった。

新薬開発に没頭してきた三十四歳の研究員、葛岡哲也。明るく快活で、少々気の強い二十九歳の薬剤師、河本裕子。

哲也は墨田区にある研究所勤務、裕子は新宿区市ヶ谷の本社学術本部勤務であり、セクションは違っても連携を必要とするプロジェクト業務は多く、哲也の何が気に入ったのか、仕事以外のことでも裕子はよく相談を持ちかけてくるようになっていた。

「もっと直接病人の役に立っている実感がほしいの」

裕子が、病床数百五十床を超える中規模の総合病院の薬剤部への転職の話があることを哲也に相談してきたのはもう三年ほど前になる。

 

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