普段は酔って乱れることがほとんどなく、どちらかといえば飲むほどに無口になる哲也だったが、その晩は良い酒とは言えなかった。

タクシーを降りたときには霧雨だったが、ふらふらと歩いているうちに雨脚が強くなってきた。濡れついでかとも思ったが、両国橋の袂の親水遊歩道へ下りられる階段に目がいった。

哲也は親水遊歩道、通称『隅田川テラス』へ下りていった。酔いのせいも手伝って、なるようになれと、投げやりな気持ちだった。

両国橋を支える太いコンクリートの脚部につけられた照明で、隅田川テラスは深夜でもそこそこ明るい。哲也の立ち位置からは対岸の柳橋が見えた。

神田川は柳橋を越えて隅田川に注ぐ。この時間だともう柳橋に戻っていく屋形船の姿もない。両国橋の下の遊歩道は、橋と首都高六号線が頭上を走るため、雨からは完全に遮られていた。

この頃、新宿の都庁近辺を追われたホームレスたちは、主に浅草近辺の吾妻橋、駒形橋あたりの隅田川両岸の公園や遊歩道に集まってきて生活していた。

彼らの住み家、ブルーのビニールシートで覆われたテントが両国橋下にも二つ三つ点在していた。

哲也はテントを避け、遊歩道の乾いた場所に腰を下ろした。

目の前には雨で水嵩を増した墨田川が、もったりとうねっている。足元が明るい分、川面は恐ろしいように真っ黒く見え、流れていることすらわからない。その水は勝鬨橋を越えゆったりと東京湾に向かっていくのだろうと思う。

右手に見える浅草の明かりやネオンサインの華やかさが、遠くに見えるからか、何かもの哀しい。頭上を行き来する車の音が哲也の周囲の静けさを、かえって際立たせる。

(静かだな、静かで、何だかとても懐かしい感じだ)