真魚はもう一度目をつむり、過去を回想した。

幼き頃より才気煥発(さいきかんぱつ)であった真魚は、齢十五にして生まれ育った讃岐国(さぬきのくに)より上京し、母方の伯父である阿刀大足(あとのおおたり)のもとで論語や史伝などの勉学に励んだ。学べば学ぶほど向学心は高まり、十八歳になると都で唯一の大学に入った。その志は雲よりも高かった。

大学で学び始めてすぐの頃は、何もかもが新鮮であった。明経科(めいけいか)に籍を置き、誰よりも熱心に勉学へ打ち込んだ。

しかし、その熱はすぐに冷めていった。儒学の経典である経書(けいしょ)はときに興味深いと思えたが、真理を求める真魚の知的好奇心を満たすものではなかった。周囲を見渡せば、官吏の道で出世するために仕方なく学問を修めている者ばかりで、まるでなじめなかった。

ある日、休暇届を提出した真魚は、大学寮から足を延ばして吉野の金峯山(きんぷせん)へと向かうことにした。雅やかな京の暮らしが肌に合わず、故郷にいた頃のように山々を歩き、草花を愛でたい気持ちが抑えられなかった。

金峯山まではおよそ十里ある。平坦な道であれば、一日に十里は歩ける自信がある。

しかし、山道を歩くのだから二日はかかるはずだ。日暮れ前に宿を見つけられれば御の字だが、たまには草枕で寝るのも悪くない——。真魚はそのようなことを考えながら、一歩ずつ歩を進めていった。

 

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