「光栄に存じます」牛馬がいった。
「同じく」飯櫃が目を輝かせた。
「力を尽くします」筆硯が深々と頭を下げた。
「天部に残る童子たちに告ぐ。我らが地上へ降り立つことは他言無用じゃ。我と牛馬、筆硯、飯櫃、そして帝釈天を加えた五名は、三種の神器を探す旅へ出たことにする。誰ぞに我らの所在を聞かれたのなら、知らぬ存ぜぬを通せ。三種の神器を取り返すためには、ぬしらの働きが何よりも大切になる。よろしく頼む」
弁財天は、地上へ連れていけない童子たちを気遣った。
「それでは、次に会うときを楽しみにしているぞ」
弁財天は三人の童子を連れて室を出た。名残惜しくなるので、後方は振り返らなかった。
第二章 天部の将軍、帝釈天と合心した空海の歩み
青々と茂る新緑が目にまぶしい。風が木を揺すり、葉擦れの音が山中に響き、響いたと思えばいつの間にか消えている。
真魚(まお)は朝露に濡れる草を鎌で薙ぎ、道なき道を前へ前へと進んでいた。額にはじっ とりと汗がにじんでいる。無心で手を動かしているうちに、自らの存在が自然に溶けていくような感覚をおぼえる。
やがて視界が開け、麓を見下ろせる勝景地にたどり着いた。絶壁の一角であった。真魚は岩場に座して瞑想を始めた。
どれほど時間が過ぎただろうか。
ふとした拍子で我に返ると、鳥が歌うように鳴いている声が聞こえる。私度僧(しどそう)として深山 (しんざん)に籠っていると、現世(うつしよ)にひとりで投げ出されたような心持ちになるが、それこそ人間の傲慢であり、錯覚にすぎない。鳥も獣も虫も魚も、木も草も石も土も命であり、存在する一切は仏にほかならない。