はじめに
私は2014年の秋、長いあいだ病気に苦しんだ母の介護生活を綴った「涙のち晴れ 母と過ごした19年間の介護暮らし」を上梓しました。
1995年の春、母は原因不明の不調を訴え、それまで地方都市で暮らしていた私は、取るものもとりあえず、神奈川県川崎市の実家に駆けつけました。
私が身の回りの世話をするようになっても、一向に母の体調は快方に向かいませんでした。
最初は看護のつもりが、介護になってしまいました。
不調が現れてから3年ほどで、ベーチェット病という特定疾患に認定されました。とても回り道をしたので遅すぎる認定でした。
2001年、母は大規模な大腸下血を経験して、以後15年にわたって入退を繰り返すことになります。
2012年6月に体動困難の症状になり、入院を経て、母は自分では動けなくなり、8月に有料老人ホームに入居しました。
それまで良好な関係を築けなかった父と、たった2人で暮らすことになった私は困り果てます。
母を老人ホームへ入れた当初は自分の決断に自信がなく、また、ともすると事件に発展しかねないような、父に対する殺意にも似た複雑な思いに苦しみましたが、Twitterを始めたことで開けた世界に救われました。
その後、両親ともにアルツハイマー型認知症と診断され、それぞれの通院に付き添い、デイサービスを受けるために、私は奮闘しました。
それでも生きていてくれたことが、どれだけ私への風当たりを防いでくれたかを、身をもって体験することになるのです。