何と指名してくれたのは桜木社長の家の運転手だった。彼は玄関先に出てきた珠輝の手を取り、助手席に乗せた。

「俺のこと、覚えてるかい」

珠輝は寺坂という男に好感を持っていなかったから、寺坂のぞんざいな言葉づかいは気にならなかった。

「マル得の社長さんのところの」

「そうよ。今日は俺がやってもらおうと思ってな。しっかりやってくれたらひいきにしてやるぜ」

珠輝は寺坂に不吉な予感がしたものの、

「よろしくお願いいたします」

ひとりでにそんな言葉が飛びだしていた。十分ほど走って車を停めた寺坂は、珠輝を部屋に通した。狭い部屋のようだったが、酒やタバコの臭いはなく、珠輝に爽やかな印象を与えた。

「ここはいろんな音が聞こえてくるから、あんまり大きな声を出すんじゃないぜ。そんならやってもらおうか」

寺坂が横になって背中を向けた。珠輝の背筋にわけもなく冷たいものが走った。だがここに来たからには、施術しないわけにはいかない。

寺坂の体は痩せ型で、筋肉も軟らかい。施術を始めて間もなく、

「俺もスペシャルを頼む」珠輝は金が欲しかった。契約当時、金倉夫婦が言った手取りは全くのでたらめで、一月五千円か六千円にしかならなかった。それに夜食でも取ろうものなら貯金などできない。

だから珠輝は、夜はいつも空きっ腹だった。だが、この患者に二時間も施術をしてはやりすぎるから、正直に断ることにした。その方がひいきにしてもらえるのではと踏んだからだ。

「お客さん、あなたにスペシャルはできません。そんなことをしたらかえって体に良くありません」

「つべこべ言うんじゃないぜ。社長にやって俺にできねえはずないだろう」

「社長さんとあなたとでは体つきが違います。あなたをスペシャルでやれば、揉(も)みすぎて明日が大変です」