「珠輝ちゃん、相手はなかなかの人物ばい。ここならあんたが就職しても間違いはないばい。あんたここに就職しなさい」

その一言で珠輝の心は決まった。

次の日、昨日からのいきさつを志村教師に話し、そこへ就職することを決めたことを伝えた途端、彼は烈火のごとく怒りだした。

「お前がそんな所に行きたいのなら勝手にしろ。どれだけ俺が心を砕いてお前の就職先を探したか分かってるのか。人の苦労も分からないくせに、好きなところに行きたいのなら、お前のことなんか俺は知らんからな」

志村教師がなぜこれ程までに怒りをあらわにするのか、珠輝には皆目見当がつかなかった。

「家は貧しいのだから、一円でもお金になるところで働くことがなぜそんなに悪いのだろう」

教師が生徒を業者に紹介すると、業者から一人につきなにがしかの礼金が教師に入ることを珠輝は聞いたことがあった。

「では、志村教師もお金が入らなくなるからあんなに怒るのだろうか。大人なんか汚い」

珠輝の胸に志村教師に対する怒りがこみ上げた。その日以来、志村教師の珠輝への対応は針のようにとげとげしかった。

やがて、珠輝に志村教師の心情が理解できる日がやってくるのだが、今の珠輝には想像 すらできなかった。

だが、珠輝の心の底には誰にも打ち明けられない寂しさがあった。いかに職業が限られていても、両親が珠輝の職場について、何の関心も示してくれなかったことだ。

施設という鳥かごの中で育った珠輝は、外の世界を知らないまま、金倉鍼灸院に就職することになった。