「下平壽賀子(しもひらすがこ)さんをご存じですか?」
珠輝は名前を聞いた途端、彼女に対する懐かしさがこみ上げた。
「下平さんは近くにいらっしゃるのですか?」
「うちの施術所の近くで最近まで開業されていましたから、鍼灸組合の会合ではよくお会いしていました。私が職人さんを探していることを話すと、下平さんはあなたのことを私どもに紹介してくれました。こう言ってはなんですが、彼女の話によると、
『施設にいる全盲の子で、家が経済的にもかなり困っているようなの。あの子は働きはじめたら親に仕送りをするでしょう。根性がありそうだから懸命に働くことは保証しますよ。丸山珠輝ちゃんという、痩せっぽっちで小柄な子だけど、みっちり仕込んで良い按摩師に育ててやってくれませんか、よろしくお願いします』。
下平さんはそうおっしゃいました」
金倉保が説明した。
「下平さんは私より数年先輩でしたが、彼女はかなり視力があるようで、いつも自分から声をかけてくださいました。特に親しかったわけではなかったのですが、私のことをそんなに気にかけてくださっていたのですか」
珠輝は胸に熱いものを感じた。
「はい、あなたのことはかなり心配されていましたよ。それが……。一か月前、急に亡くなられたんです」
多喜子夫人の一言で、珠輝の眼から涙があふれた。
「良い方でしたのに……」
保がそう言うと、三人の中に沈黙が流れた。やがて気を取り直すかのように保が口を切った。