「いけない。何が何でも試験に合格しなければ」

ふと我に返り、教科書にしがみつく毎日だった。ある日の昼休み、珠輝が教科書を読んでいると、

「丸山珠輝さんですね」

いきなり知らない男性に声をかけられた。

「はい、そうですけど」

訝(いぶか)しげに珠輝が答えると、

「もう、就職は決まっているのでしょ」

今度は女性が声をかけた。

(就職のことを尋ねるからには業者だろうか。でもなぜ……。まさかスカウトでは)

予想しなかったことに、珠輝の心は波立った。

「一応担任の先生から紹介されてはいますが、はっきりした返事はしていません」

珠輝の答えを待ってましたというように、さっきの男性が柔らかな口調で話しはじめた。

珠輝が物心ついた頃から何となく感じていたことだったが、ほとんどの晴眼者の大人たちは、珠輝とは初対面にもかかわらず、上から目線での物言いや、ぞんざいな言葉遣いをした。

ところが、この人は珠輝に違和感を与えるどころか、実に丁寧な話しぶりだった。珠輝は初めて晴眼者の大人に好感が持てた。彼の話は次のようなものだった。

次回更新は8月13日(水)、21時の予定です。

 

👉『心に咲いた向日葵』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】「もしもし、ある夫婦を別れさせて欲しいの」寝取っても寝取っても、奪えないのなら、と電話をかけた先は…

【注目記事】トイレから泣き声が聞こえて…ドアを開けたら、親友が裸で泣いていた。あの三人はもういなかった。服は遠くに投げ捨ててあった