「いけない。何が何でも試験に合格しなければ」
ふと我に返り、教科書にしがみつく毎日だった。ある日の昼休み、珠輝が教科書を読んでいると、
「丸山珠輝さんですね」
いきなり知らない男性に声をかけられた。
「はい、そうですけど」
訝(いぶか)しげに珠輝が答えると、
「もう、就職は決まっているのでしょ」
今度は女性が声をかけた。
(就職のことを尋ねるからには業者だろうか。でもなぜ……。まさかスカウトでは)
予想しなかったことに、珠輝の心は波立った。
「一応担任の先生から紹介されてはいますが、はっきりした返事はしていません」
珠輝の答えを待ってましたというように、さっきの男性が柔らかな口調で話しはじめた。
珠輝が物心ついた頃から何となく感じていたことだったが、ほとんどの晴眼者の大人たちは、珠輝とは初対面にもかかわらず、上から目線での物言いや、ぞんざいな言葉遣いをした。
ところが、この人は珠輝に違和感を与えるどころか、実に丁寧な話しぶりだった。珠輝は初めて晴眼者の大人に好感が持てた。彼の話は次のようなものだった。
次回更新は8月13日(水)、21時の予定です。
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