席に着くと、先輩は机の上のものをさりげなく寄せてくれた。私は先輩の顔を見るたび、この人は薬を飲んでいない人なのだと思う。

「薬がなくても社会生活が送れる人なのかどうか」

私はそれを基準に人間を分類している。サインバルタ、デパス、コンサータ、デエビゴ、これだけの薬を飲んでようやく普通の人間っぽく生活を送れる私は、彼女のよく言う「なんとか今日も息してる」という台詞が好きではない。

私なんかと比べれば、どれだけ容易くこの場所まで来て、なんの苦労もせずにオーダーし席についたことか。

おまけに糖分たっぷりのケーキを注文しながら、話に夢中になると全然食べ進めない。高校生の頃、ふくらはぎの真ん中あたりの丈の靴下を履いていた女子たちがいたが、それと同じだ。

あの丈の靴下が履けるのは、細くてすらっとした足の、ダイエットや見た目の劣等感なんかとは無縁の女子だけだったのだ。

私は甘いものを食べる一口目で、一日のバランスが崩れる。リズムが崩れれば、必死で保ってきた均衡が破られ、その回復までには何日かかるか分からないというのに。

私はこの約束の時間、約束の場所に来るために、薬の効く時間を計算し尽くし相当な労力を伴って「今」を整備したのだ。

「え? ちょっと待って。なんで?」

先輩は私のカバンについたマタニティマークを指して目を丸くした。

次回更新は8月18日(月)、19時の予定です。

 

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