「スミちゃんがアマチュア舞台劇にこんなにハマるとは、ちょっと意外だったな」
最初に董子を《千一夜劇場》に誘った翔太の方が菫子の熱意に驚いたが、「俺もできる限り金曜に来るようにするよ」と言って微笑んだ。
菫子はわかっていた。翔太が演劇に自分を誘ったのは単なる口実に過ぎないことを。
「知り合いが劇場のオーナーやってるんだけど、なかなか満席にならないから来てよってうるさいんだ。良かったら一緒にどうかな? 初回はオーナーの奢(おご)り」
そう言ってきたものだが、きっと二人分のチケットを翔太が買ったのに違いない。
できるだけ菫子に心の負担を与えないための苦肉の策だが、翔太がさりげなさを強調すればするほど董子は彼の本心を知ることになる。あまりに自然な振る舞いが却って不自然なことは、征児に対する自分の態度そのものでもあったからだ。
二人の長く少々煮え切らない関係で、自分の方が圧倒的に優位に立っていることを熟知した上で、菫子は翔太をほんの少し困らせてみたくなった。
「同じ職場の同僚が、一度生(なま)の舞台劇を観たいって言ってたの。一緒に連れて行ってもいいかな?」
一瞬の沈黙があった。しかしその秒数さえ董子が不審に思わない程度に自然だった。
「いいよ、もちろん。じゃあ俺からオーナーに言ってチケット何とかもう一枚都合してもらうよ」
将を射んとする者はまず馬を射よ――きっとそのあと、翔太は追加でもう一枚、加代子分のチケットを購入したのだろう。