あさみはポカンと越前の顔を見上げた。彼はお茶やスナックのテーブルが並べてあるほうを向いていた。

暖房の効き過ぎだというように顔をしかめ、シャツの襟の中に白いハンカチを当てている。しかし、暖房の温度を愚痴るにしてはおかしな言いぶりだ。といって重要な意味があるとも思われず、あさみは返事をせずに顔を戻した。

何か口に含む甘いもの、飴とかチョコを取りに行った山川を待っている。短い休憩時間には皆がスナックテーブルに殺到するため、大きなパニエの群れに囲まれて身動きできないでいる山川の姿が遠くに見えていた。

そのまま行ってしまうだろうと思われた越前は、あさみに用があるのかないのか、ハンカチをポケットにしまったあともまだそこに立っていた。

会場はにぎやかでワイワイしていたが、いま彼が立っているここだけ、この二人の間だけは妙に静まりかえって、不自然な時間が経過しているように思えた。

越前は両足を少し開き、真っすぐな姿勢を保って動かなかった。そうすることによって、体全体から得体の知れない熱を発散させ、そばにいる者を包み込もうと念じながら、沈黙の中に己の強い意思――男としての万の意味を込める。あさみはそれを感じた。

次第に見えない網の中に捕らわれていき、金縛りにでもかかっていく気がして、これは良くないことなんじゃないか、と頭の片すみで考え始めた。

このままでは強い磁力にくっつき取られる、脳のない道端の落ち釘と同じではないか。心の奥底にいつまでも残っている恋慕こそ、精神をむしばみ、狂わせるチャンスを狙う、一番用心しなければならない毒素だ。