ヨシオは、また、二階に上がった。
一匹の蚊が舞い込んできた。ヨシオの目はその侵入者に釘づけになった。
ヨシオはその蚊に、照準を合わせ、リズムと、ステップを踏み、パンチとキックを猛然と浴びせ始めた。どれかのパンチか蹴りがあたったようだ。蚊は落ちていった。
ヨシオの夏休みはこの部屋で終わろうとしている。
ヨシオは、毎日のように空手をやっている。六畳の部屋はリングと同じだった。
その時、携帯が鳴った。希恵だった。
「誰だ」
「誰だって? あたしよ。携帯に登録しているから名前ぐらいわかるでしょ! バカ!」
「バカってなんだよ。何か用かい」
「最近、部活に来ないじゃん。いい絵を描くって、息巻いていたのは、どこのどいつだっけ。うちの爺さん、頻繁にヨシオのとこに行っているから、今度はヨシオが来て!」
「俺は、本物がどこにあるのか探す、精神的な旅をしてるんだよ」
「本物? あんた本物になれるとでも思ってるの。そうだとしたら私怖いよ。笑っちゃう。単なるサボりでしょ。違う?」
「あなた、プライドあるの」
希恵は畳み込むように言ってきた。
「なんだと、俺をバカにするのか、希恵。この馬鹿野郎」
と言ってるうちに、電話は希恵の「チェッ!」という罵声で切れた。