「しかし、お婆さん、遺骨収集に行って、墓参りに行きたいといって、それも果たせずに病に倒れちゃった。息を引き取るときにお爺さんの名前を言ったんだよね。手にはお爺さんに渡した、お守りの桔梗のドライフラワーを握っていたわ」

お袋の目には、涙が溜まっているようだった。

ヨシオも、ばあさんの最後をみとった中央病院のことを、思い出しながら、目を潤ませていた。

「でも本当に、インパールの墓参には一緒に行きたいと、何度も言っていたよね」 お袋は、思い出すように、ばあさんの遺影を見つめ、しみじみと言った。

ヨシオも遺影を見ながら言った。

「婆さんは仏壇の前で、いつも泣きながら爺さんに文句言っていた。『会いたいけど、会えないよ!』ってね」

その言葉は、三人とも耳にこびりついている。

「そんな時、親父が言ったんだよね。俺がインパールに連れて行ってやるよって」

ヨシオは、親父の目を見つめて言った。

「絶対に、連れて行かなくてはならなかった。ばあさんは、懇願していたよ」

ヨシオは、また、親父を見つめて言った。

親父は、急に立ち上がり、ジョーのファイティングの真似を始めた。

「金さえあればよう」

そう言うと親父は、左ストレートから、右アッパー、それから、最近、蹴りの練習を始めていたので、左上段回し蹴りを出した。いつもより力づよく蹴ったためか、重心が決まらず、また、蹴りの基本を知らないので、右軸足が、ツタのように絡まり、ふらふらと回転して、テーブルに倒れこみ、料理の入っている食器が飛び散り、テーブルも真横に吹っ飛んでしまった。

お袋は悲鳴を上げて、後ろにのけぞり、難を逃れた。

そんな中でも、お袋は黙って、じっと、親父を見つめていた。その瞳は怒っていなかった。駆け落ちをして一緒になった二人には、少々のことでは問題にならないようだった。

この時、ヨシオは、親父がジョーの真似をするのか分かったような気がした。

ヨシオと違って、親父の世代は少なからず、戦争に絡んでいた。身内が戦争で亡くなったり、戦後の混乱の中で、一生懸命に働いてきた。

親父とお袋には、ヨシオ達と同じ自由はなかったはずだ。

親父たちには親父たちの与えられた人生の中で、生存を問う闘争というものがあったのだ。

戦争に負けて、生き残った人間たちは、何かを犠牲にして、自分たちの子供に苦労なき生活をおくらせることが、一番だった。

ヨシオは、何かが分かったような気がした。