【前回の記事を読む】「会いたいけど、会えないよ!」いつも仏壇の前で祖父に文句を言っていた祖母。遺骨収集も墓参りも果たせないまま、病に倒れ…
Ore Joe! 俺たちの青春
ヨシオは、なにかとお節介をかけてくる希恵に、どことなく魅力を感じていた。
美術部の部長を務めている希恵は、よく気の利く子だった。
ヨシオはこの春から美術部にも入っていた。
空手をやって、美術をやる。ヨシオには、相反する二つの部活が、バラバラなようで、つながっている、人間には表と裏があるように。本当に美しいものは、その裏に、とてつもない寂しさを宿している。そういうものが人間であり、人生であるように思える。
ヨシオは何かと口をはさんでくる希恵が自分に気があると思っていた。
希恵は大会社の役員の娘ということだった。さして、絵が上手でもないのに、あれこれ口をはさんでくる。自分では、さして絵も描かないのに……。
それに、希恵は新聞部にも入っていた。
何故、二つのクラブに入っているのか、ヨシオには分かっていた。彼女は絵の中に社会性を見ていた。どこがうまいではなく、何かに挑戦しているような絵が好みだった。彼女の燃えるような瞳がそれを表していた。
それは、二人に共通する感情でもあった。
空手をやりながら絵を描くヨシオは、いつしか、そんな彼女に、心ひかれていった。
ヨシオが絵を描くようになったのは、美術授業のとき、教師の嵯峨山が、
「君、随分いいマチェールを出しているね」と感心しきったところから、ヨシオは絵にはまってしまった。
嵯峨山は日本を代表する日展の賞をもらった写生画の有名人だったから、褒められてその気になるのは無理もなかった。
ヨシオは正確にものを描くことはなかった。形を壊す、ピカソのようなキュビズム、いや、それ以上に、物を破壊した。その中で、湧き上がる美しく燃える魂の光が好きだった。
嵯峨山は、その魂を見てくれたのだと思う。
ヨシオは、キャンバスに自分の魂と力をぶつける、アクションペインティングをしていた。その為、描きに入る時、絵の具があたりかまわず飛び散るので、部長の希恵には手のかかる存在だった。空手と、美術部。ヨシオには、分け隔てのあるものではなかった。
とらえどころのない日常。はっきりとした世の中が見えない。その、やりようのない心の爆発を、ヨシオはボクシンググローブに絵の具を塗って、キャンバスにたたきつけていた。魂の軌跡のように、絵の具はキャンバスからはじけるように飛び散り、一部は虚しく垂れさがる血のように流れ落ちていた。やがて、美術部室に暗闇が襲ってきた。ヨシオは片付けも早々に、飛び出していった。