理緒子は真剣に見返していた。口を閉じ、首が前にいくらか傾くほど熱心に。その目を見つめるうち、突然あさみは次のことを悟った。

悲しく悔しかったのは、理緒子の辛辣ないたずらに対してではなく、山川の人の好(よ)さと鈍感さに対してだった。

興味深い人間かどうかすぐ見抜いてしまう理緒子の前で、もっと賢く振る舞ってもらいたかったのだ。理緒子に食ってかかってもいい、笑い飛ばしてもいい、気のきいた何かスマートなひと言を言うのでもいい、とにかくコーヒーはわざとこぼされたのだと知っていてほしかったのだ。

なのに、新しいチョッキを作るだとか、捨てようと思ってたところだとか、こぼされてよかっただとか、理緒子には通じない、聞きやすくて体裁のいい、どこから見ても寛容そうな言葉を大安売りに並べ立てた。

「彼は、いい人過ぎるくらいにいい人なの」

あさみは婚約者のために弁解を始めた。

「うわべだけのように見えるかもしれない、あんたにはまだ。でも、おなかの底から善良で純粋なの。彼に夢中で恋してる、というわけではないけれど、でもあたしは彼のことが大好きなの。……母が、このごろよく言ってるわ、『どっちにしても愛着が湧いてくるから、大丈夫よ』って」

騒々しい大恋愛は、早い別れによってしかその大きさを保てないけれど、おとなしやかで慎ましい愛情は、結婚生活によってどんどん大きくなっていくものなの、と母に諭されている。

あなたは人生のことをまだ何も知らない生娘。でもお母さんがこうしてついてい
てあげますからね。ちゃんと言うことを聞いていれば大丈夫、きっと幸せになれますとも。