蓮田の畦道で待っていると、遠くからかすかに単調な音が聞こえてきた。その単調な音は蚊の飛ぶ羽音(はおと)のように甲高(かんだか)かったが、奈津には心地良く響いた。東京湾上空の音の方向に目を凝らしていると、やがて小さな黒点が二つ見えた。
〈ほぼ予定通りね〉奈津は心の中でつぶやいた。
爆音は段々大きくなり、小さな黒い点は丸い胴体の上下に翼をつけた複葉機になった。二機の複葉機は平潟湾の入口に位置する小高い野島を目印にして徐々に高度を下げているように見えた。
二機の複葉機は野島と夏島の間にある横須賀海軍航空隊の追浜飛行場に向かって低空で侵入して、飛行場の上空を低空で通過した。そのあと野島と夏島の周りを一周すると、称名寺に向かってきた。
赤みがかった黄色い胴体には赤い日の丸が描かれ、胴体の下には長く大きなフロートを二本付けた水上飛行機だった。今まさに、黄色い複葉機は奈津の目の前を低空で飛び去ろうとしていた。