口うるさかった先代の住職は数年前に他界し、先代のお庫裏さんは80歳半ばで未だ健在、3人が来たことを知り玄関まで出てきた。

先代のお庫裏さんが「あら3人そろって珍しい。今回は悪いね。徳久が肩を壊して除夜の鐘が打てないとのことで、お手伝いありがとうございます」と玄関に座り込んで手をついて深々と頭を下げて挨拶をする。

3人は気楽に来たものの、この丁寧な出迎えで恐縮した。しかもガキの頃には散々世話になっていて、しかもはるか昔の素性を全て知っているのだから、いくら半世紀の歳月が経っているとはいえ身が縮まる思いである。

恐縮しごくで「あああ、おかあさんお久しぶりです。頭なんか下げないでください。元の悪たれですから許してください」と照れ笑いをしながら、母親の腕を支えながら起こして、上がってくださいとも言われる前にさっさと玄関を上がり奥の部屋に入っていく。

衣を羽織った住職の徳久が「よ、悪いな。手伝ってくれるか?」と部屋の入り口で出迎える。

「しょうがない。どうせ暇だから手伝うが、どうやったらいいのか聞きに来たんだ」

「大したことはないよ、11時か11時半頃寺に来てくれ。そして振舞のお酒と、子供さん用にミカンを用意しておくから、鐘を撞いた人に1つずつ配ってくれればいいよ」

それでも真紀夫は初めてのことなので「鐘の打ち方は何か決まりがあるの」と聞くと徳久は「そんなものは特にない、田舎のお寺だから気楽にやればいいよ。最初に俺が線香を立てて新年のお参りをして1鐘を打つから、後はお参りに来た人順に打ってもらえばいい、人が切れた時は間が空いてしまうから、みんなで適当に打ってくれ」と言った。

3人はそれを聞いて「え、そんないい加減でいいの?数は108つだよね」と信二が念を押すと、徳久は「多くの人が来ると打てなくなって寂しい思いをするから、数えないことにしている。全ての人が煩悩を払って新年を迎えることが出来るように打ち続ければいいよ、ただ前の人が打ってゴオオーーンとある程度鳴り終わったら次の人となるようにだな」

除夜の鐘など今まで数えたことがない賢治は「了解、で何時頃までやってればいいの……もっと難しいものかと思っていたが、気が楽になった」と安心した。

 

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