サッカー

信頼関係ができた利用者さんは、私をただ一度きりそっと抱き締めてから変わった。とっちらかった部屋をほかの職員に頼んで綺麗に掃除したのだ。

だけど、「俺は超絶短気で火の玉男」と自称しているだけある。勇んで管理者ではない職員を捕まえて、

「いつでも出ていけるようによ、一掃したいんだ」

なんて言うもんだから、言われた人はだいぶ面食らったらしい。そりゃそうだ。

「先に管理者に言えっていったでしょう、川崎さん。びっくりしたじゃないの」

「思い立ったらすぐ言っちまうからさ、俺短気だから」

知ってらあ。だから手順を踏んで、一人暮らししたいから手伝ってくれって管理者に言えっていったのに。あなたっていつもそう、と私は焦れた。

「利用者さん」といつまでも呼ぶのもおかしいので、ほんとの名前は全然違うけど「拓也」さんとでもしようか。拓也さんで話を進めることにする。

職員は利用者さんを苗字で呼ぶ決まりになっているけれど、拓也さんと同じ苗字の人がいるので例外的に下の名前を使わせてもらっている。

拓也さんは、友達や食事と掃除をする世話人さんには「たっちゃん」と呼ばれている。「あなたもそう呼べよ」とは言ってくれるけど、なかなかそういうわけにはいかない。

だって、

「いろはさんて拓也さんのお気に入りですよね」

「なんかいやらしいこと言われたりするんじゃないですか、大丈夫ですか」