しかし彼女が最初にかかった病院の判断は、「どこも悪くない」だった。
しかし相変わらず彼女は食欲がなく、体重は減っていった。
幾つかの病院で、すでに腰と腹の痛みを抱えていた彼女は幾つもの検査、胃カメラ、CT、血液検査、レントゲンも受けた後に、丸顔でいつも笑みをたたえた医師に診察された。彼はメガネの奥のやさしい目で、すぐ入院するように言った。
次衛門氏は家族として、その医師に膵臓癌だと告知された。
「今のところ四センチの腫瘍が膵臓の右部に出来ている進行癌で、転移は見られないです。ただ、難しい場所にある為、癌の摘出手術は出来ないのです。放射線治療も場所的に出来ないので、抗癌剤治療のみになります。最後の最後まで努力はしますが、手遅れです」
幾つ目かの病院で巡り会った、彼女にとって本当の医師になったその人は、次衛門氏にそう言った。
しかし巡り会うのが遅かったと思う。
膵臓癌は発見がしにくく、治療も難しいと情報としては聞いていたが、我が妻がかかるなんてと次衛門氏は運命を呪った。
「あと、どのくらい生きられるのでしょうか」
「治療で延ばせる可能性もありますが、このままだとあと三ヶ月ですね」
次衛門氏は医師との面談を終えると、妻のベッドに行く前にこの気持ちを妻に悟られないようにと、病院のトイレに行った。個室にどのくらいいただろうか。何しろここで自分の方が負けることは、絶対許されないぞと思い、平常を演じて、彼女の前で多分一生に一度の役者になった。
辛い役だった。